2009年06月19日
「伏見桃片伊万里」21
「遺書は、書く」隼人は、まだ支離滅裂なことを繰り返している。
師や相弟子たちが帰るまで、針の筵の思いではないかと案じたが、他者を慮る正常な感覚までには回復していないようである。
あの八重樫の主家、蔵屋敷には師も同道して抗議してくれた。だが、往来に突っ立ていたほうに非あり、と謝罪は薄かったという。
「しかもあの八重樫という男、すでに藩を放逐されておったわ。あ奴もう、薩摩藩と何のかかわりも無いと、のう」師は、吐き捨てるように行った。
「それは、斯様なことをしでかした故、でしょうか」
「今度の大相場で、薩摩さまは大損をなさったそうな。表向きはその責めを負ってということであったが、まあ、人一人が天下の往来で死んでおる。蔵屋敷の御重役は、これ幸いと八重樫を蜥蜴(とかげ)の尻尾(しっぽ)にしたのであろうよ」
「それにしても、今朝の今朝のことを、夕刻には放逐とは―」
「薩摩さまはこの十年、殿さま方と御世子方の、国許と江戸屋敷を根城にした暗闘があっった。そなたも噂くらいは聞いていよう。八重樫は襲封なされて日の浅い御世子派で、蔵屋敷の殿さま派からみれば邪魔でもあったらしいわ」
名医の誉れ高い師は、方々に顔が広い。
当然、かの屋敷にも知己はいたのだろう。
「とまれ八重樫は、もう罰されておる」
「はい」
「あとは、慎一郎の冥福だけを祈ろうよ」
そういって師は、最前までずっと慎一郎の通夜にともに侍っていたのだ。
師や相弟子たちが帰るまで、針の筵の思いではないかと案じたが、他者を慮る正常な感覚までには回復していないようである。
あの八重樫の主家、蔵屋敷には師も同道して抗議してくれた。だが、往来に突っ立ていたほうに非あり、と謝罪は薄かったという。
「しかもあの八重樫という男、すでに藩を放逐されておったわ。あ奴もう、薩摩藩と何のかかわりも無いと、のう」師は、吐き捨てるように行った。
「それは、斯様なことをしでかした故、でしょうか」
「今度の大相場で、薩摩さまは大損をなさったそうな。表向きはその責めを負ってということであったが、まあ、人一人が天下の往来で死んでおる。蔵屋敷の御重役は、これ幸いと八重樫を蜥蜴(とかげ)の尻尾(しっぽ)にしたのであろうよ」
「それにしても、今朝の今朝のことを、夕刻には放逐とは―」
「薩摩さまはこの十年、殿さま方と御世子方の、国許と江戸屋敷を根城にした暗闘があっった。そなたも噂くらいは聞いていよう。八重樫は襲封なされて日の浅い御世子派で、蔵屋敷の殿さま派からみれば邪魔でもあったらしいわ」
名医の誉れ高い師は、方々に顔が広い。
当然、かの屋敷にも知己はいたのだろう。
「とまれ八重樫は、もう罰されておる」
「はい」
「あとは、慎一郎の冥福だけを祈ろうよ」
そういって師は、最前までずっと慎一郎の通夜にともに侍っていたのだ。
Posted by 渋柿 at 08:01 | Comments(0)