2009年06月07日

「伏見桃片伊万里」6

 塾の勉学は厳しい。定期に試験がある。そのためにも覚えねばならぬ知識は膨大である。皆、昼夜を分かたず机に向った。
 当初、同期の中で隼人の成績は群を抜いていた。酒を気付けにして、無茶な勉学。
「最初だけは意欲を亢進させるから、酒も」
「俺は誰にも負けん負ける気がせん、特にお前には、とかいってた」慎一郎が苦く笑った。
「尖ってむきになって。それが今じゃ―」
 今の酒は勉学を助ける気付どころか、前途、いや命すら脅かす枷になってしまっている。
「このままじゃ―なんとかせんと」
「こいつ、もうかなりやられている。気付いているだろ?」
「ああ、夜中に目覚めるとな、隼人のやつ布団の上に起き上がって、ぶつぶつ一人でしゃべってるんだ」
「お前も知ってたか」
「まるでそこに話し相手がいるみたいに、いつまでも一人でつぶやいてなあ。まあ一過性の酔っ払いでも幻視幻聴相手にしたりすること、稀にはあるが―」
「いや、こいつはほんまもんだ。脳髄、酒に冒されかけてる。それなのに、飲まずにいられないのが、病か」慎一郎は、悲しげに隼人の寝姿を見た。
「だが、これ以上、俺達に何が出来るんだ」
 ぶつける相手のない怒りが湧く。
「思いつくことはやってみたなあ」
 止めろといって止めるものなら苦労はない。二人顔を見合わせ、吐息をつくしかない。



Posted by 渋柿 at 15:41 | Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。